子育てのブレない軸

母さんのまわ

それが、今から思うと惜しまれてならないのです。
しかし、誰も表立って反対をしなかったあの当時、アメリカと戦争するというのはばかげたことだなどと言ったら、それこそ、殺されたかもしれません。そのことを覚悟しても、要職にあった人がきちんと言うべきことを言わなかったというのが、後世のわれわれから見ると残念でなりません。
それで、私はそんなときキリスト教ではどういう態度をとったらいいのか、と考えてみるのです。すると、キリスト教では、徹底的に人とかかわろうとします。だから、自分が痛みながらでも人を助けるのです今、本当に社会のため、日本のためを思って、自分が泥をかぶってもかかわっていくという姿勢が必要なのではないでしょうか。

個性がないと思います。

それはたしかにそんな面倒なことはやらないほうが楽です。しかし、人からあいつばかだなと言われても、損をしても泥をかぶってでも、ものを言っていかなくてはいけないのではないでしょうか。
うちの子供とよその子供こうした現代の日本人のあり方というのは、当然子供に大きな影響を与えています。最近の子供が損得だけでしか動かないとか、自分のことしか考えないというのは、親の世代や大人たちが、そういう生き方をしているからではないでしょうか。
5よく電車の中で見かけるのは、子供がまるで自分の家の中にでもいるかのように我が物顔で走り回ったり、騒いでいる姿です。親は多少は注意したりすることもありますが、たいていは一言、二言注意するだけで、子供たちが騒いでいるのを、放任しています不愉快そうな顔をするものの、また周囲の人たちもいます。
見ていても何の注意もせずに、知らん顔をして昔はこんな子供がいると、周囲の大人が注意したり叱ったりしたものです。

 

母親も出てくるという。

先生友だち。子供たちよりもまたこんなこともあります。

よく叱ってくれましたと叱ってくれた人に感謝したものです。
そして、親のほうもところが今は、お年寄りが注意したりすると、親のほうは、いかにも迷惑そうに余計なおせっかいをするなといわんばかりの態度です。自分の子供は自分のものであって、他人には口を挟ませないといわんばかりです。ですから、みんなもよその子供はあくまでもその親のものであって、何をしても他人は口を出せないといった風潮なのです。
子供というのは、さきほども言いましたが、親の所有物ではなく天からの授かりものであり、預かりものなのです。

母さんにしてみればさっさと食べてほしいでしょう。そう考えれば、子供の教育ということには、親だけがかかわりを持つのではなく、すべての大人の責任、社会の責任なのではないでしょうか。
自分の子供ではないからどうでもいいという態度は次代を背負う人間に対して、無責任ではないでしょうか。そこで、親にはいやな顔をされてもきちんと注意していかなくてはいけないのではないでしょうか
他人の子供ならばどうでもよく、自分の子供さえよければいいといっても、社会全体がよくならなければ、自分の子供も幸せにならないはずです。世の中全体が悪いのに、自分たちだけが幸せであるといぅことはできません。みんなが幸せになれるような世の中であるからこそ、自分たちも幸せになれるのです。
ですから、悪いことをしている子供を見かけたら、はきちんと注意してほしいものです。
子供の励み
子供の励み

母親にはふだん

成績ですし誇るに値するものです。たとえ自分の子供でなくても勇気を持って、大人自分の子供ではないから関係ないという態度が、子供の問題をますます大きくすることになるのです。
そういうときにきちんと注意できない大人は、自分の子供であっても、体も大きくなって注意したり叱ったりすると、逆に親のほうが、子供に暴力を振るわれてしまうというので、恐れて何も言えない親になるのではないでしょうか。こうした小さな芽が、女子高校生の監禁·殺人といった大きな事件を引き起こすもとにもなるのです。
大人たちがきちんとした気概を持って生きてほしいのです。
うつす鏡でもあるのです。

しつけの甘さについて

子供たちの姿は、親の姿、社会の実情を子供にいくら友達と仲よくしなさいと言っても、お父さんとお母さんが家庭の中で喧嘩ばかりしているのならば、子供は親の言うことなどまともにはききません。
かがみもう一度、親は子供の鑑であること、子供は大人をうつす鏡であるということを、お父さん、お母さんは十分にかみしめてほしいのです。そこで、社会のため、人のためという大きな視点を持って、子供に接してあげてほしいものです。

人間としての基本を大切に

人の目に振り回されていないかΦ悪ぶった態度をとってしまう理由一時期、学校内での生徒同士のいじめということが大きな問題になったことがあります。今はマスコミなどでは、あまり騒がれなくなりましたが、どうもいじめの問題は解決したわけではないようです。
この問題の背景にはどういうことがあるのでしょうか。子どもの気持になってみてそれを受容できるよう


子供たちよりもまたこんなこともあります。 母さん自身に根強く残る感覚 子供たちよりもまたこんなこともあります。